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想像力の欠如。 

学会で知り合ったポスドクの人と飲む機会があった。
研究室の先輩もそうなのだが、酔っぱらうと会社勤めの私に対する批判が多い。

彼らの主張(というか意見)は、
・彼らは自分の納得できる研究をしている
・彼らは将来が不安である
の二点に集約される。

そしてやんわりと説教されるのだ。
なぜアカデミアに残らなかったのかと。
しかしながら、彼の主張を聞いていると独りよがりな意見ではないかと思う。民間に行っても好きな研究はできることもあるし、民間だからと言って将来が不安でないというわけではない。

もちろんポスドクや特任助手などでは将来の不安定さからくる不安は民間企業に籍を置いた場合とでは強さが違うだろう。だからと言ってそれを理由に攻撃や説教をするのはいささか心と視野が狭い気がする。(よっぱらっているので仕方ないのかもしれないけど)

以前にも書いたが、企業でも好きなことができる時もあるしできないこともある。アカデミアに残っても好きなことができる時もあるし、できないこともある。そのチャンスが訪れる確率は民間とアカデミアで異なるかもしれない。

ポスドクだからポスドクの情報は入ってくるのだろう。しかし、だからと言ってその情報のみで私のことを判断してもらいたくない。企業において好きなことをやるためには、教授を説得するように上司を説得しなくてはならない。しかも科学的興味ばかりでなく、それがいかに会社に対して利益をもたらすかを希望的観測も大いに含め主張しなくてはならないのだ。

研究において論文や先行知見を知ることの重要性を分かっていながら、なぜ企業における研究者の立場を想像のみで考え意見を言えるのか理解に苦しむ。

しばらくアカデミアから離れていたせいか、彼らとの距離が離れてしまった気がする。ただ、今回感じたギャップがポスドクから企業への転職を難しくしている理由の一つのような気もする。

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コメント

ご無沙汰しております。

昔の研究室の先輩後輩と飲み会開くのもたいへんみたいですね。

最近のポスドクに関する話を聞いていて思うのですが、もちろん好きな研究をしている人というのもいるのかもしれませんけれど、どの程度居るのだろうかと思います。

好きな研究をしているのではなく、「自分ができる研究」をしているだけの人は結構いるのではなかろうかと感じることが多いです。

企業にいようと大学にいようと、「社会」を意識しない研究というのは成立しなくなりつつあるのではないかとは感じております。もちろんそれぞれで想定される時間レンジは異なるでしょうけれど。

私自身は、会社に入って現在の研究をやることはまったく想定していなかったのですが、割と満足して日々を過ごしております。

人の意識を積極的に変えようすることはよくないことなので、考えないのですが(ポスドクが積極的に企業就職を目指すとか)、少なくてもこれからDに入ってくる人たちはどうしていったらいいのかは考えていきたいなとは考えております。

>トリム様

コメントありがとうございます。
最近のポスドクというか大学の研究者の置かれている立場は苦しくなってきているのだと肌で感じております。

おっしゃる通り社会を意識した研究というものの重要性が増してきており、そのため社会の要請にこたえるような内容をねじ込まないとなかなかグラントも取れないとも聞いております。

かといって企業と大学間での人的交流が流動化したかといえばそうでもなさそうです。

一人でも多くの研究者やその卵が幸せになってもらいたいと思うのですが、現状はポストや研究費の分配についても問題が多すぎる気がしております。

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